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10月7日(土)(銃社会)
先日ラスベガスで銃の乱射事件があり50人以上が死亡しました。 何でこんな事件が頻繁に起こるのか。 それはアメリカが銃社会だからです。 アメリカではおよそ3世帯に1世帯が銃を保有していると言われています。 何故こんなに銃があるのか。 それは憲法で国民が銃を保持する権利が認められているからです。 もっともこの修正第2条は1791年、つまり今から200年以上前に追加された条項ですので時代遅れであり、 変えようとする動きもあるのですが、保守派の動きが強くそれが困難なのがアメリカの現状です。 どこかの国みたいに憲法を変えないのが革新、変えようとするのが保守とは、逆の関係になっているのが面白いところです。
で、州によって多少規制が異なりますが、本当にアメリカでは銃が一般化しています。 スーパーや質屋等でも銃が売られていますし、エルパソに住んでいた時に訪問した多くの家には銃が飾ってありました。 隣の一人暮らしの婆さんも拳銃を持っていました。 また、写真のようにある牧場主のパーティでは45口径のリボルバーから22口径のオートマチックの拳銃数丁を脇のテーブルの上に並べ、 10mくらいのところに専用の標的やコーラの缶をを持ち寄り、子供までが加わって射撃大会が始まりました。 それがアメリカなのです。
話は銃の細部になりますが、各国の軍隊で使用されている多くの小銃はフルオート(引き金を引いたままで連続して弾が出る形式)とセミオート(引き金を引くと一発弾がでる)の選択が可能な構造になっています。 自衛隊の小銃もレバーの切り替えで選択できるようになっています。 今回の事件では規則的な連射音が響いていましたが、あれは明らかにフルオートの状態で射撃が実施されています。 そして一般的な小銃の弾倉は20~30発入ですから、フルオートのままで弾倉を数回取り替えて撃てば銃身が焼けてしまいます。 よって犯人は弾倉つきの多くの銃を並べておき、弾が無くなると銃を取り替えて撃ったものと思われます。 今回ソ連製のAK-47も使用されていたと言われていますが、AK-47の有効射程は600mですので、 一般的には遠いと思われる400m以上離れた場所へも正確な射撃が可能であり大惨事が引き起こされたのです。
犠牲者の冥福と銃無き世界が訪れることを祈るばかりです。
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9月30日(土)(解散総選挙)
衆議院が解散し、さて選挙はどうなるのかなと思っていたら、小池都知事が率いる希望の党が突然出現し、民進党が希望の党に合流するとかで政界は大荒れです。 政治家も人の子で、いくら立派な主義主張を持っていても選挙に落ちたらタダの人、生きていくためには必死です。 特に今日のようにメディアの発達した時代においては、〇〇劇場と称されるように単純明快なキャッチフレーズを打ち出し、 メディアを通じて広く大衆に支持を訴える、ポピュリズム的政治手法が有効であり、 また野党は政権を悪役に見立て、自分は庶民の味方として戦いを挑むといった構図が作り上げられています。 そしてそれらを視聴率や販売数至上のメディアが煽って国民の関心を引きつけるという姿が定着してしまっているのです。 そのあたりを勘案すると、日本の民主主義や政治風土にはまだまだ改善の余地があると思わざるを得ません。
さらに北朝鮮情勢が緊迫しているこの時期に解散、総選挙とは何だと多くの人が感じてているでしょうが、 ある評論家は安倍首相はトランプ大統領からこの先、特に来年はどうなるか分からないので選挙をやるなら今のうちにやっておけと言われたので 急きょ解散をしたのだと言っておりました。どうも今回の解散劇、このあたりが真相ではないでしょうか。しかしながら現実は予想外の展開になってきました。 そして小池劇場にはまだ二幕、三幕があるでしょう。
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9月23日(土)(高齢化)
先週の日曜日に敬老会の催しがありました。 自治会長が先達となって、敬老の日を迎えるにあたって公民館に75歳以上の高齢者を迎え、 長寿を祝って歌舞音曲や豪華な昼食でひとときを過ごす集まりです。 かつては町の中央公民館に集まり大々的な式典をおこなっていたのですが、 合併して磐田市になってからは各自治会が独自に行っています。 このため、自治会による格差が生じ、問題になっているらしいですが、 塩新田では自治会から補助金もでており、それなりの敬老会が続いています。
で、敬老会といえば高齢者が対象ですが、今年6月現在で塩新田の65歳以上の高齢者は62人です。 塩新田の人口が196人ですので、約32%が高齢者ということになります。 磐田市の高齢化率が24.2%ですから、当然ですが高齢化がより進んでいます。 ちなみに55歳以上が92人で約47%ですから、このままですともう少しで準限界集落になってしまいます。 実際、多くの世帯が高齢者のみの世帯になっており、このままでは過疎化が進み村落としての共同体の維持が困難になってしまいます。 それなら何か村興しで再興をという話もありますが、なにせ地震や津波の心配がある上に、昔からの伝統、風習を大切にする村ですのでそう簡単にはいきません。 人口が少なくなったらなったで背伸びせずにそれなりの共同体を保っていけばいいのですが、空き家や環境整備、それに各種の行事の運営等の問題を考えると前途は多難です。 でも、われわれ年金暮らしがああだのこうだの言うより若い人達に任せましょう。 きっと時代に即したいい解決法を見つけてくれるでしょう。 なぜなら若い人達に取っては我々以上に深刻な問題ですから。
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9月16日(土)(台風)
またまたミサイルが飛んで来たり台風が来たりと、最近の日本は人災、自然災害に翻弄されています。 それで前回は北朝鮮だったので、今回は再び台風について調べてみました。 台風とは、北西太平洋に存在する熱帯低気圧のうち、低気圧域内の最大風速が約17m/s(34ノット、風力8)以上に発達したものを言います。 おもしろいのは英語でTyphoonというのは、最大風速が32.7m/s以上の台風となっていることです。即ち台風と呼んでもTyphoonと呼ばない時があるのです。 で、毎年平均25個くらいの台風が発生し、そのうち日本に近づくのは11個程度、上陸は平均2.7個となっています。 昔は弱い台風とか小型の台風とかの分類があったのですが、危険性を過小評価するということで、 最近はある基準以上の台風に限り、強い(32.7~43.7m/s)、非常に強い、猛烈(54m/s以上)とか、 大型(風速15m/sが500km~)、超大型(同800km以上)のような呼称をするようになりました。 また、いろいろと定義があって、本州、九州、四国、北海道の海岸に台風が達することを上陸といい、 沖縄や他の島々に達しても上陸とは言わずに、島を横切ると通過と言います。
そして、観測史上最強の台風の記録は次のようになっています。
最低気圧:870hPa(昭和54年台風20号、10月12日、沖ノ鳥島南東海上)
陸上最低気圧:907.3hPa(昭和52年台風9号、9月9日、室沖永良部)
最大瞬間風速:85.3m/s(昭和41年台風18号、9月5日、宮古島)
大きさ:風速15m/s域が2,400km(平成9年台風13号)
明治以降最大被害台風:伊勢湾台風(昭和34年9月26日潮岬上陸、死者不明者:5,098人)
なお、上陸が一番早い台風は昭和31年の台風3号で4月15日に鹿児島に上陸しており、 最も遅いものは平成2年の台風28号で11月30日に和歌山県に上陸しています。 つまり、何の因果か日本には春先から冬になるまで台風が上陸してくるのです。
ということで、皆さん台風への警戒を万全に。
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9月9日(土)(北朝鮮情勢)
相変わらず北朝鮮情勢が世間を賑わしています。 制裁を強化したくらいで核やミサイル開発を放棄するとは思いませんが、 これから年内が正念場だそうですので注視していきましょう。
さて、北朝鮮は日本の安全保障上の脅威であると言われていますが、安全保障上の脅威とは一般的には軍事的脅威です。 で、この脅威は能力と意図により構成されていると考えられています。 要するにわが国を軍事的に攻撃できる能力があるかないか、 さらに攻撃しようとする意図があるかないか、これにより脅威の程度が見積もられるのです。 まず第一に能力があるかないかを判断します。能力がなければ脅威は存在しません。 次にその能力のある国が、内外の情勢の変化により近い将来軍事的侵攻の意図を有するおそれがあるかないかが判断され、 あれば潜在的脅威となります。そしてその意図が明確になれば顕在的脅威となります。 そのような脅威がエスカレーションラダーと呼ばれる危機への梯子を徐々に登っていけば、最後は武力行使、そして前面戦争となります。 そうならないように脅威が顕在化した状況下において相手からの武力攻撃を抑止し、事態を緩和するために、軍事的手段に限らず、 外交・情報・経済的手段などあらゆる手段を同時並行的に実施することを柔軟抑止措置(FDO:Flexible Deterrent Options)と言います。 まさに現在、アメリカを中心に関係国が行っているのがこのFDOなのです。 これらは主に冷戦時代における核抑止戦略として用いられてきましたが、これに変わる有効な抑止戦略が見つからないために現在でも活用されているのです。
で、アメリカのほかに北朝鮮情勢に大きな影響を与えるのが中国です。 ある人に言わせると、既に中国は言いなりにならない金正恩を見限り、言う事を聞く親中政権の樹立を考えているそうです。 このままエスカレートすると、北朝鮮への侵攻はアメリカではなく中国が行うかもしれません。 不謹慎ですが、これが国際政治のおもしろいところです。 その際の日本としての対応も考えておく必要があるのではないでしょうか。
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9月2日(土)(堤防)
台風の影響か、ここ二日ほど暑さも和らぎ過ごしやすくなっています。 このまま秋になってくれるといいですが、台風が通り過ぎたら暑さが戻ってくるでしょう。
さて先日、福田町史の編纂委員が塩新田の歴史について聞きたいと家に来ていろいろと話をしたのですが、 その時に明治時代の地図を見て今さらながらにあることに気づきました。 要するに塩新田はもちろん近隣の村々は堤防に囲まれているのです。 つまり、この地域は今之浦・大池湿地帯と言われる低地の最南端にあり、過去度々洪水に悩まされてきました。 そのために村の周囲に悪水(排水)処理のための掘(小さな河川)を作るとともに堤防を築き、村落を洪水から守ってきました。 しかしながら、地域の開発や土地改良に伴い、これらの掘や川はコンクリートの用排水路に姿を変え、主要河川への出口には排水機場が設置されました。 そして主要河川の改修が行われ、それらの堤防はより強化されましたが、 村々の周囲にあった堤防は多くが不要と考えられ撤去されました。 その結果、破堤等によりひとたび洪水になれば村落に容易に濁流が流れ込む状態になりました。 特に塩新田や清庵の前面にはぼう僧川の堤防があるため、洪水に際してはまず塩新田や清庵が水につかります。 その予兆は生起しており、写真のように大雨の時にはたびたび塩新田と清庵の間の田畑が冠水しています。
地域の災害史を紐解けば多くの洪水から周囲の堤防が村落を守った事例が記録されています。 その堤防が失われた現在、近年における各地の豪雨災害等を勘案するに村が洪水に襲われる危険はより高まっており、効果的な対策を検討、実施する必要があります。
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8月19日(土)(慰霊碑)
今年の塩新田の初盆は3軒でした。 去年のお盆には元気でいた方々が今年は初盆とは、いかに無常とはいえ寂しいものです。 で、14日、15日にはお墓のある家はお墓で松を焚くのですが、戦没者の慰霊碑でも遺族の方々が松を焚きます。 ちょうど15日が終戦記念日であり、毎年その姿を見るたびに何故か戦争を身近に感じてしまいます。
塩新田では太平洋戦争で6名が戦死しています。 そのため、まだ兵役を経験した人達が家長であった昭和30年代に、村で太平洋戦争の戦没者の慰霊碑を建てようと資金を供出し、 かつ勤労奉仕で立派な慰霊碑が建てられました。 幼児の頃、大人が総出で石を積んでいたのを見た記憶がかすかに残っています。 それこそ戦争がどんなものかを身をもって体験した人達だから戦死者の無念さや家族の辛さを知っており、 ある種の義務感から自ら汗を流して建立したものと思われます。 しかし、われわれがこれら1世代前の人達から戦争の実相を聞く事は希でした。 戦争の悲惨さを思い出したくなかった上に、負けた戦争について誰も自慢げに語ることをはばかったのでしょう。 今思うともっとこれらの人達に戦争や兵役の実態についてうかがっておくべきでしたが、もう塩新田には旧軍歴を有する人は皆無です。 災害は忘れた頃にやって来ると言いますが、戦争も同じです。 村を訪れた多くの人は小さな村にしては立派な慰霊碑があるなと感心するそうですが、 二度と再びこのような慰霊碑が日本に建たないことを願うばかりです。
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8月12日(土)(ミサイル防衛)
北朝鮮がグアム島近海に弾道ミサイルを撃つと言って緊張が高まっています。 いい加減にしてくれと言いたいですが、ある意味で国の威信をかけた駆け引きであるのでしかたありません。 多分ミサイルは発射されるでしょうが、グアムに直接の被害がない限り米国が北朝鮮を攻撃することはないでしょう。ただし、飛んできたミサイルを撃墜する可能性はあります。 で、日本では上空通過が予想される島根から高知にかけて不時の落下にそなえPACー3を配備するらしいですが、 ミサイル防衛体制はどうなんだとの質問があったのでお答えします。
まず、弾道ミサイルが発射されると米軍の早期警戒衛星(DSP衛星)が探知します。 そしてその情報が米軍を通じて自衛隊の新自動警戒管制システム (JADGE)に通報され各部隊に伝達されます。 そして弾道ミサイルを空自の新型の警戒管制レーダーやSM-3対弾道ミサイル搭載のイージス艦のレーダーが捕捉、追随します。 日本の領土に着弾の恐れがあると判断されれば、SA-3が発射され迎撃します。 しかし、現在海自が有するSA-3の対処可能高度は約500Kmですので、日本を標的にした射程1500Kmクラスの弾道弾には有効ですが、 射程5000km級の中距離弾道弾の迎撃は不可能です。 で、このSM-3による迎撃をかいくぐってきた弾道弾には陸上配備のPAC-3が対処します。 ただし、PAC-3の防護範囲は20km~30kmですので広域を守ることはできません。 そこで米軍はTHHAD(サード)と呼称される地上配備型の戦域高高度防衛ミサイルを装備しています。 これだと射程200kmですので1基で広範囲を防衛することが可能になります。 現在、韓国やグアム島に配備されています。
というのが現在の弾道ミサイル防衛体制ですが100%の防衛は不可能です。 よって先制攻撃という選択肢が重要視されるのです。 でも今回は戦争になれば韓国が重大な被害を被り、場合によっては日本も攻撃されますので、米軍も容易に動けないのです。 現在、北朝鮮軍に特別の動きはなく、米軍も切迫した態勢を準備していませんので武力衝突の可能性は低いと思われますが、 不測の事態が起こる可能性は否定できません。注視する必要があります。
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8月5日(土)(日日是暑日)
早いものでもう8月、暑さもこれからが本番です。 で、なにか安上がりの涼しさはないかと思いネットを見てみるとおもしろい記事が載っていました。 何故か高齢の日本人は風鈴の音を聞くと涼しさを感じるそうで、 検証したところ4人中3人が実際に体の表面温度が下がったそうです。 要するに脳が風鈴の音を涼しいとイメージし、末梢神経に伝達し体も涼しい状態に変化した、つまり、思い込みにより抹消神経の活動に変化が起こったというのです。 風鈴の音を聞くと何故涼しさを脳がイメージするかというと、 風が吹くと体感温度が下がりますが、同事に風鈴が鳴るので、それらを体験した人は条件反射で風鈴の音を聞くだけで涼しさを感じるようになるのだそうです。 ですから、当然風鈴の音を聞いた事のない外国人や若い人は何の反応もないそうです。
聴覚だけでなく視覚からもイメージは起こると言われています。 雪の降る景色や寒中水泳の動画を見ていると涼しくなったり、 逆に温泉や燃えるストーブを見ていると暖かさを感じる人もいるそうです。 なお、周囲の環境に逆らい変に暑さや寒さに感じるのは何らかの病気で代謝が異常になっている可能性があるので注意が必要です。
まあ何はともあれ、心頭滅却しても暑いものは暑いので、適度に身体を動かし汗をかいてシャワーを浴び十分に水分を補給するのが一番ではないでしょうか。
さて、台風の動きが心配になってきました。最近、水害や土砂災害が多発しています。 台風の進路に注意し、十分な台風対策と避難準備に万全を。
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7月29日(土)(PKO日報問題)
稲田防衛大臣がPKOの日報に関する虚偽説明の責任を取り辞任した事が世間を賑わしています。 通常、自衛隊が法に基づく行動命令を受けて重要な任務を長期間遂行する場合、現場の部隊は日報(業務日誌みたいなもの)を上級部隊指揮官に報告します。 昨年南スーダンで行動中の陸自部隊が付近で戦闘があったと日報で報告したことが事の発端でした。 現在のPKO協力法では参加5原則が定められ、その中の一つに「紛争当事者間で停戦合意が成立していること」という条件があります。 つまり、戦闘が行われているのは停戦合意が成立していないことになり、この原則を逸脱することになるのです。 で、それを表にだすのはまずいと、情報開示請求に対し日報は破棄し存在しないと回答したのです。 実際に廃棄手続きが行われたみたいですが、統幕(統合幕僚監部)と陸幕(陸上幕僚監部)の一部の職員のパソコンには残っていたようで、統幕は残っていた事を認め、一部を黒塗りにして公開しました。 しかしながら、陸幕では今更あったと言えるかと、陸幕長や事務次官が承知の上でないことにしようと決定したのです。 その件を陸幕長や事務次官が稲田防衛大臣に報告したらしいですが、そのあたりは霧の中です。 その後、内部告発でしょうが日報が陸幕にあることが世間に知れわたり、この様な事態になったのです。 まあ、日報などあってもなくても国益には影響しませんが、要するにあるのにないと嘘をついた事が問題視されているのです。
森友や加計学園もそうですが、いつも問題になるのは物事の本質的な事項ではなく、手順や関係者の対応要領です。 今回のPKOについてもその本質である必要性やあり方についての議論は皆無です。 PKOも近年ではルワンダの虐殺以降、国連自体が紛争当事者になることを前提に、国際人道法(武力紛争法)の遵守を告示するに至り、一般住民を保護するための武力行使を容認するようになってきました。 南スーダンのPKO部隊も国連から住民の被害防止を求められるなど、PKO参加5原則では到底対応できない状態になり最終的には撤退しました。 そのようなPKOの現状に対し、今後わが国はいかに対応していくのかについては何も議論されなく、日報の存在の有無や関連する要人の言動ばかりが俎上に乗る現状は 政治やメディアの次元の低さの証明であり、これこそが糾弾され改善すべき最大の問題点ではないでしょうか。
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7月15日(土)(夏本番)
まだ気象庁は東海地方の梅雨明けを発表していませんが、梅雨は明けました。 根拠はセミが鳴き始めたからです。 セミの幼虫は温度が低く、また終始雨が降っているような梅雨の状態では地中から出てきません。 それが羽化し鳴き始めたということは、自然界は梅雨が明けたと判断しているのです。 でも雨が降っているじゃないかと言うかも知れませんが、 梅雨前線は北上し、要するに夏のにわか雨や夕立の類いの雨が降っているのです。 間もなく気象庁の梅雨明けの発表もあるでしょう。
で、真夏の気配になり、連日30度、所によっては35度を超える日々が続き上の写真のように犬も猫もくたばっています。 摂氏35度は、華氏でいうと95度になります。 以前にこのブログで書きましたが、その昔アメリカのテキサスやニューメキシコの砂漠で仕事をしていました。 そこはアメリカで最も暑くなる場所の一つで、夏には華氏110~115度(摂氏43~46度)という日々が続くことがありました。 42度の風呂には入れますが、45度の風呂には入れません。 要するに暑いではなく熱いのです。 こうなると当然死人が出ます。また、直射日光が強く安普請のアスファルトが溶けるので一部の道路は走れません。 そして何が怖いかっていうと、車のエアコンが故障することです。当時、それではということでキャデラックに乗っていましたが、天下のキャデラックでもたまに故障することがあり往生しました。
とにかく一年目は辛かったのですが、一夏を過ぎると身体が環境に適応してくるのか多少過ごしやすくなります。 一年目はとにかく汗をかき肌が塩気で真っ白くなりましたが、2年目は汗をかかなくなります。 要するに汗をかいていたら脱水になってしまうので自然に汗をかかなくなり、かわりに皮膚がカサカサで厚くなり、断熱材の役目をするようになるのです。これには驚きました。 つまり、暑ければ暑いなりに身体が慣れてくるのです。 ということで、わが家は今年もエアコンなしで頑張ります。
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7月8日(土)(オフサイトセンター)
今週は民生委員・児童委員の研修が3日間ありました。まず、火曜日にねむの木学園及びオフサイトセンター、水曜日に中学校の見学及び懇談、そして金曜日が市立病院の研修でした。 成果の有無はともかく、研修の多さには閉口します。 で、今回はオフサイトセンターについて一言。
オフサイトセンターは正式には緊急事態応急対処拠点施設と言い、原子力災害対策特別措置法に基づき設置された施設で、全国に22か所あります。 東日本大震災時には関係するオフサイトセンターが放射能や地震及び津波の影響で機能することができなかったために、新たに原子力施設から5~30kmの緊急時防護措置を準備する区域(UPZ)圏内に設置するように法規が改正され、 浜岡原発関連のオフサイトセンターは、28年3月に静岡空港に隣接して新設されました。 原発事故等が生起した場合、炉心の保護、および環境への放射性物質の放出抑制などは現場(オンサイト)の原発業者の責務であり、 オフサイトセンターは、市民を事故の影響から守るとともに、事故に関する情報を公衆に通知し、必要ならば防護対策を実施することを主な役割としています。 しかしながら、福島第一原発の事故が限度であり、原子炉があれ以上の損傷を受けた場合の対処は不可能ですし、 人的、物的被害は戦争並みになります。 まあ、そんな事をあれこれ考えると原発はないほうがいいのではないかと思ってしまいますが、どうでしょうかね。
話は変わりますが、日本は原子力災害対処では後進国です。何故ならば核兵器を保有していないからです。 原爆や原子力潜水艦を保有している国は、当然核戦争や核兵器の事故に備え長年最善の対策を検討し、体制を整備しています。 何が起こるか分からないのが昨今の世の中ですので、日本も核攻撃や原発テロ等を対象にした対処要領を検討する必要がありますが、世間を不安にするだけだとかの理由で無理でしょう。 けれども国や国民のそんな姿勢や風潮が福島第一原発事故の一因になっていたのではないでしょうか。
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7月1日(土)(季節学)
梅雨だからしかたありませんが、降ったり止んだりの日々です。 まあ、特に仕事もしていませんので、雨の日は家でゴロゴロしていればいいのですが、問題はカイの散歩です。 外で用を足すようにしつけてありますので、朝・昼・夕の散歩時が強雨の時には往生します。 自分は雨衣を着、犬には傘をさして濡れないようにして行くのですが、水に濡れる事を何とも思わないような犬ですので、 水たまりであろうと、濡れた草むらであろうと平気で入っていきます。 そのため、帰ってからの手入れが大変です。
そんなことで早く梅雨が明けないかなと思っていたら、昨日散歩の途中でカイがセミの抜け殻(写真)を見つけました。 セミの抜け殻があるということは、既にセミが羽化した証拠ですから、もうセミが鳴き出す季節なのかと驚きました。 セミは梅雨が終わらないと鳴きませんので、もうすぐ梅雨が終わるのでしょうか。 とにかく、最近の季節の変化の速さには驚かされます。
季節の循環とその変動、それによって植物や動物の生きるために作る周期がどのように影響されるかを研究する季節学という学問があります。 要するに植物の発芽、開花、渡り鳥の飛来、鳥や両生類などの産卵、紅葉、落葉などと気候等の関係を調べるものですが、 それによると最近の温暖化は生物季節に大きな影響を及ぼし、生物と季節の関係にずれや狂いが生じているらしいです。 さらに文明の発達が加わり、人間にもその影響が出始め、年齢差や地域差により季節感に混乱が生じ始めているとも言われています。 まあ、いつから夏だか冬だか分からなかったり、一年中同じ食材が手に入るようでは生活に季節が感じられなくなっても当然ですが、 季節を肌で感じ、花鳥風月を友とし、文化としてきた日本人としては何か一抹の寂しさを感じてしまいます。 それも年のせいでしょうが、適者生存、環境に適応し、時代の流れに従うしかありませんね。 と、セミの抜け殻がいろいろ教えてくれました。
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6月24日(土)(いい国日本)
今週の始めに携帯をなくしてしまいました。 朝は確かにあったのですが、10時頃なくなっているのに気がつきました。 多分、犬の散歩時にでも落としたのだろうと捜したのですが見つかりませんでした。 早速、携帯会社に電話して携帯の位置情報を取り寄せようとしたのですが、電源が切られているのか、電話の届かない所にあるのか、 または破損しているらしく存在位置がわかりませんでした。 3日に一度くらいしか使わない携帯なので、まあなくてもいいやと思い使用停止にしましたが、警察には届けませんでした。 そうは言っても、結構知人の電話番号も登録してあるし、家内も何かあると困るので新しいのを買えと言うので、 じゃあ、週末にでも買いに行くかと思っていたら、一昨夕、携帯会社から警察に届けられているので、取りに行くようにと手紙が届きました。 それで昨日、警察に行って受領し、携帯会社に復旧を申請すると特に異常はなく通話もできました。 話を聞くと、どうも宅配便を依頼に行った際に近くで落としたようです。 それで一件無事落着したのですが、それにしても日本の治安の良さ、民度の高さにはよく驚かされます。
関連する話ですが、二、三日前に日本を紹介するサウジアラビアの番組を放送していました。 そのなかで、日本の治安の良さを紹介するために、わざと財布を置き忘れて実際に戻ってくるかを確かめていました。 一種のやらせかと思ったのですが、実際にその財布が警察に届けられ、出演者が警察に行って受領する姿を放送していましたので。ヤラセではなさそうでした。 出演者は、財布が帰ってきただけでなく、その中身が全く同じだったことに驚嘆し、こんな国や社会がこの世にあるとは信じられないと叫んでいました。 そして、この番組がきっかけで日本に興味を持ったアラビア人が増大したと、スタジオのアラビア人が解説していました。
日本では当たり前ですが、落とした財布等が落とし主のところに帰ってくることなど外国人には奇跡なのです。 逆にそのような感覚は諸外国では通用しません。 要するに日本の常識は世界の非常識なのです。 と、携帯を紛失するような男が偉そうに言う資格はありませんが、やはり日本はいい国です。
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6月17日(土)(福田こども園)
先週、小学校について書きましたが今週はこども園に研修に行きました。 こども園とは、幼稚園と保育園が一緒になっている施設で0歳児から5歳児をあずかっています。 福田こども園は、0歳児が2名、1歳児が14名、2歳児が18名、3歳児が65名、4歳児が66名、5歳児が79名の、合計244名が在籍しています。 そのうち、保育園児は101名です。 幼稚園児は3歳以上だけですが、保育園児と幼稚園児と何が違うかと言えば、幼稚園児は2時で帰宅、最長6時半まであずかっているのが保育園児だそうです。 要するに両親が働いているとかの理由で遅くまで面倒見てくれるのが保育園なのです。 実際は同じクラスに両者が存在し、2時までは同じ行動をしています。 だったらそんな区分を排除して、全員希望する時間まであずかればと思うのですが、 幼稚園は文科省、保育園は厚労省の管轄で統一できず、1園2制度になっているみたいです。 そんなら保育園と幼稚園を別にすればと思いますが、少子化や経済性、効率性等の理由で統合が進められているそうです。
そして園児についてもADHDや食物アレルギー等の現代的な問題を抱えてる園児も多く、さらにモンスターペアレントや事故防止、セキュリティーと、園の管理スタッフは大変な苦労をしているようです。 しかしながら、話を聞いたり、実情を視認する限りでは、それなりの能力を有した人材が配置されているような感じを受けました。 要する平成27年度に認定こども園として開園したばかりであり、また昨今、待機児童の問題が取りざたされていますので市でも力を入れているのでしょう。 今後の園のさらなる発展と園児の健やかな成長を祈ります。
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6月10日(土)(福田小学校)
一昨日、民生委員・児童委員と小学校の交流ということで、福田小学校の授業参観及び教師との懇談会に参加してきました。 恥ずかしい話ですが、福田小学校の教室に入ったのは今回が初めてです。 というのは、私は統合前の福田西(於保)小学校の出で、 さらに子供が小学校に通っていた頃は、仕事や単身赴任で授業参観などに参加したことがなかったからです。 児童委員の仕事はともかく、学校の印象について所感を述べてみたいと思います。
校長の話によると昔は1000名を越える生徒がいたらしいですが、現在は約674名だそうです。 空いている教室も多く、少子化の影響をまともに受けている様子でした。 よってクラスも30人程度で、それぞれ楽しそうな授業が行われていました。 偉そうに言うのもなんですが、ざっと見た限りでは昔と違い、教師も肩を張らずに生徒の自主性を重んじるような教育が行われている様子でした。 かといって野放図ではなく、生徒は礼儀正しく行き交う生徒が皆元気に挨拶をしてくれました。 校長の的確な指揮指導の下、時代に即したあるべき教育が的確に行われている印象を受けました。 教育は生徒の、そして社会の未来のためのものですから、あまり細事にこだわることなく、広い視野を持って個性や創造性、そして他人への思いやりを大切にした薫育を続けてほしいものです。
最後に強いて問題点を挙げれば、施設の老朽化です。 清掃は行き届いていますが、校舎は50年前の建設当時のままであり、特に便所等のユーティリティは前時代的で未来を背負う子供達の教育に相応しい環境ではありません。 新しい酒は新しい革袋にと言いますが、早期のリニューアルが必要です。 そしてこれは予算(金)の問題ではなく、関係者の感性、意志の問題であることを附言しておきます。
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6月3日(土)(枇杷)
梅雨が近づいたのかあちこちのアジサイが咲き始めました。 満開になりましたら写真を掲載しますので、楽しみにしていて下さい。
今日の話は写真の枇杷(びわ)です。 かつて地域の身近な夏のくだものといえば、西瓜や瓜、それに枇杷が定番でした。 昔は柿や夏みかんと同様にどの家にも大きな枇杷の木がありました。 届かない枝の枇杷は竹竿の先を割って木をはさんだY字型の先で枝をひねって取ったものです。 身体が冷えるとか、大きな種があるのが食べにくいためにそんなに多くは食べませんでしたが、 熟した枇杷は特有の甘みがあり、昔の子供達にはいいおやつでした。 でも、ほかにいろんな美味しい果物が年中食べられるようになり枇杷を好んで食べる人はほとんどいなくなりました。 また、枇杷の落葉はなかなか腐らなくていつまでも残るために家の改築等に伴い次第に姿を消していきました。 今の子供達は見向きもしませんが、それでも塩新田にはまだ多くの枇杷の木が残っています。 このため、スーパーで買えば数個2~3百円する枇杷も食べ放題です。 で今日も数個もらって食べましたが、これが絶品でした。 で、このブログを書いています。
先週はカツオやシラスをたらふく食べ、今週はメロンをもらうし、初物の甘々娘(トウモロコシ)が手に入る等々、旬の食べ物に事欠きません。 年中おいしい地の物が食べられる塩新田は食通に取っては天国です。
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5月27日(土)(環境保全)
先週書いたように暖かくなって草木が茂る時期になってきました。 堤防の草も伸びるので例年自治会で手入れしたり、管理者である県の土木事務所が業者を使って草刈りを実施しています。 今年も草刈りのための通行止めの看板が出ていたのでそろそろその時期かと思っていたのですが、 なにか今年は総ての竹(笹)や草を刈って堤防を丸坊主にするという話を聞きました。 オイオイ、それではウグイスの群生地がなくなるし、堤防に生えている竹は村を潮風や北風から守ってくれているので、 そのあたりを考慮して例年のように通行に邪魔になる天端部分の草だけ刈ってくれないかと土木事務所にお願いしたのですが、 丸坊主ではないものの、写真のように川岸側の殆どの竹が重機で刈り取られました。 堤防の痛み具合の調査や景観の確保、ゴミ捨ての防止等が主な理由らしいですが、 じゃあ、今まではどうしていたんだと言いたくなります。 堤防の点検や景観それに視距の確保に草刈りが必要なのは理解できますが、堤防の竹藪は前述のようにウグイスをはじめとする小鳥や小動物の聖地ですし、 通行者や村そのものの風避けですので、そのあたりも考慮してほしいものです。
そういえば、数年前の台風では、ぼう僧川堤防の竹(笹)がほとんど潮風でやられました。でも、これは竹が潮風を受け止めてくれた証拠です。 要するに堤防の竹藪は塩新田になくてはならないものなのです。
便利さや景観も大切ですが、それだけで自然を破壊すると動植物が影響を受けるだけでなく、 人間社会もその反作用を受けることになります。 過去の多くの災害が自然破壊を間接的要因としているように、時にはその負の作用が他の要因と重なり地域に致命的な悪影響を及ぼします。 つまり総ての社会的活動は、ゼロサムにならないように自然と人間社会を調和させることが必要なのです。 幸い少し残った竹藪で今日もウグイスが鳴いていましたが、ねぐらを失ったその鳴き声は何かもの悲しそうでした。
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5月20日(土)(新緑の候)
田植えも終わり、田んぼには水が引かれて晩春の陽射しを受けキラキラと輝いています。 空にはツバメが行き交い塩新田には穏やかな日々が続いています。 そよ吹く風は気持ちが良く、日陰に居ればウトウトしてきますが、日射しが強く日なたの作業は大変です。 この季節になると庭木の新芽が伸び、手入れや消毒が必要です。 これまでは松の手入れは専門の業者に依頼していたのですが、暇な上に金もないので枯れてもよいからお前やれと山の神の命令でここ2、3日手入れをしています。 庭木手入れ用の剪定バサミがあったのですが、どっかにいってしまったので買いに行き、ネットでみどりの摘み方を勉強しコツコツやった結果、写真の奥にある1本は終わったのですが、どうも見栄えが悪くどうしようかと迷っています。 そのうちいつもの業者が来れば、なんだこれはと小言をいわれるのが目に見えていますが、できばえはともかく、1週間くらい様子をみて松に何事もなければ手前のメインの松もやろうかなと考えています。
先祖から受け継いだ屋敷や庭ですのでしかたありませんが、貧乏人が庭を持つと苦労します。 草取りに庭木の手入れ、それがいやならマンションにでも住むか、枯山水にでもするしかありませんが、 枯山水でも草は生えるでしょうし、どこからか飛んでくる落ち葉を掃いたりしなくてはなりません。 いっそのことコンクリートで固めてもよいのですが、味気ないし、日射しの照り返しが強いのでそうもいきません。 毎年、そんな事を考えながら庭の手入れをしていると1年が終わり同じ事の繰り返しです。
そして、これからはうっとうしい梅雨になり、梅雨が明けると猛暑の毎日です。 今年の夏は例年より暑くなりそうですので、エアコンのないわが家では今のうちから身体を鍛え健康に留意して猛暑に備えなくてはなりません。 エアコンなしで大丈夫かと心配してくれる方もいますが、なんとかなるでしょう。 毎年なんとかなっていますから。
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5月13日(土)(民生委員)
本日、折角の土曜日、豪雨の中を地域の社会福祉協議会総会があり出席してきました。 なんで民生委員が社会福祉協議会の総会に出席しなくてはならないのかよくわかりませんが、 民生委員は機関等の行う福祉活動に協力する義務があり、また自分の所属する民児協の指示があったので 一応理屈は通っていますが、なにか腑に落ちない物があることも事実です。 民生委員になってとにかく驚いたのは、研修会や総会と称し民選委員の参加する会合が多いことです。 何か研修や会合に参加することが民生委員の主務になっているみたいです。 これでは時間的な制約やロードが多くなり、民生委員へのなり手が少なくなるのも納得できます。
社会福祉に関する識見、技能を向上させる必要があるのは十分理解できますが、問題はその中身です。 中には本当に参加してためになったと感じる研修もありますが、多く形式的な研修や人集めの総会ばかりです。 研修が福祉の現場に及ぼす実質的な成果でなくて、研修や会合を行ったという実績が成果として考えられているきらいがあります。 会合においては、出欠調査だけでなく所感の提出を求め参加者の忌憚のない意見を聞くとか、 さらには実際の福祉活動でその成果が発揮され、具体的な相談件数や要支援者の援助等が増加したとか、 サロンへの協力や一人暮らしの高齢者の見守りが活性化、効率化したとか、 そのような具体的な成果や効果が分析、評価され、民生委員の活動に効果的な研修や会合が計画、実施される必要があります。
民生委員の精度も今年で100年になりますが、昔に比較して社会は高度に成熟しており、 昔のままでやり方や考え方では住民のニーズに堪えることは困難ですし、 さらに民生委員の受け手は少なくなるか、または構成員のレベルが低下する可能性が大です。 職務の簡素化や明確化を図るとともに、組織や行政の制度改革、意識改革が急務です。 制度100年を節目に民生委員のあり方を再検討する必要があるのではないでしょうか。
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5月6日(土)(昭和展)
おかげさまで昭和展もあと一日で終了です。 約半年ほど準備しましたが、皆さんのご理解で盛況の内に終わることができそうです。 異口同音に聞かれたのは、「よくこれだけの物を集めたな、終わったらどこに置いておくんだ」という質問です。 正直なところどうしようか迷っています。 まあ、手前味噌でなんですが、自分でもよく集めたものだと感心しています。 大体、1/4が以前からの持っていたもの、1/4がヤードや回収業者からもらってきたもの、1/4が地域の皆さんが提供してくれたもの、そして残りの1/4がヤフオク等で購入したものです。
で、今回の展示会で感心した事が二つあります。 一つは、捨てる神あれば拾う神ありで、世の中には同じ物でも人それぞれの価値観があることです。 古くなった冷蔵庫や、ステレオ、テレビ等は改修費を払って捨てる人もいますが、物によっては私のようにお宝に思える人もいるのです。 だから今回古い大物家電を無料でたくさん集めることができました。
もう一つは、年を取っても皆さん昔のことはよく覚えているなということです。 人それぞれに物や写真に記憶があり、多くの人が物や写真を見て懐かしそうに思い出を熱く語ってくれました。 私の知らない初めて聞く物語も多々ありました。 また、昭和を賑わした人々の写真を見てわれわれ世代以上の方もほとんどすべての人物の名前を言い当てていました。
ということで、展示会を開催した甲斐がありましたが、問題は片付けです。 それを考えると憂鬱になりますが、最後にこの場を借りましてご協力いただいた皆様に御礼申し上げます。本当にありがとうございました。
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4月22日(土)(北朝鮮情勢)
暑くなってきたので写真のようにカイも夏の装いになりました。 今回も北朝鮮の話を続けます。
軍事作戦は、作戦の目的、範囲、使用兵力等により多種多様です。 で、現在アメリカが北朝鮮に対して行おうとしている作戦は攻撃目標、使用兵力、攻撃手段等を限定した作戦です。 もし、湾岸戦争のように北朝鮮全土を制圧しようとするならば、膨大な兵力が必要です。 最低でも米軍は地上兵力20万、航空機1000機、艦艇200隻程度を投入しなくてはなりません。 作戦準備といい、これらの兵力を集めて、展開し、作戦が実施できる状態にしなければなりませんが、 今回はそのような動きはありません。つまり、大規模な作戦を実施する意志はないということです。 よって、やるとしても核施設等に対する限定的な攻撃しか考えられないのです。 さらに、今回楽観的に見ているのは、北朝鮮に反撃の準備、つまり軍の態勢強化の兆候がないからです。 通常、このような脅威を受け、緊迫した状況になれば、軍は全部隊を作戦配備に移行するのですが、北朝鮮軍にそのような動きがなく、 韓国も平静そのものです。
ということは、北朝鮮は核実験をやらないということか、やってもアメリカが攻撃しないと考えていることになります。 本来ならば、北朝鮮軍が作戦発起の態勢を取り、もしアメリカが武力攻撃をすれば韓国を攻撃するぞと明確なシグナルを送ることにより、 アメリカの攻撃を思いとどまらせるのが常道なのですが、それをしないということは、アメリカ、中国、北朝鮮間で何か話し合いがおこなわれ、落としどころを捜しているのでしょう。
外交で決着がつくことを願う次第ですが、最悪のシナリオは、①北朝鮮が核実験を行う②アメリカが核施設等を攻撃する③北朝鮮が韓国、日本に対しミサイル攻撃等を行う④全面戦争というシナリオです。 ①②③④と次第にスレッシュホールド(敷居)が低くなりますので、最初が肝心です。
そのほか、気になるのはロシア軍の動きです。北朝鮮国境に兵力を集中しているという話が伝わっています。 ロシア軍といえば昔は鈍重の代名詞でしたが、最近は世界一迅速、軽快です。 ロシアの政策には、もう外交と軍事の境界がなく、国益追求に必要とあれば即座に軍が活用されます。 今回、ロシアの意図がどこにあるのか不明ですが、まさか北朝鮮を第二のクリミアにしようとしているのではないでしょうが、 注視する必要があります。
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4月15日(土)(御衣黄)
り始め、桜も終わりかと思えば遅咲きの八重桜や御衣黄桜が咲き始めました。 御衣黄桜は京都の仁和寺で栽培されたのがはじまりで、「御衣黄」の由来は貴族の衣服の萌黄色に近いためと言われています。 花は八重咲きで、最初は淡緑色ですが次第に中心部から赤みが増してきて散る頃にはかなり赤くなってしまいます。 よって、見頃は咲き始めですが、淡い薄緑色の花びらがなんとも言われぬ風情を醸し出し、品の良さを感じさせてくれます。 お墓の横の鈴木さん家の前に咲いていますので、是非ご覧になって下さい。
話は変わりますが、先週のブログを見た読者からアメリカは本当にやるのかという質問がありました。 答えは、90%以上の確率でやらないでしょう。 理由は全面戦争になる可能性があるからです。
じゃあ、後の10%は何かというと、次のシナリオが描ける場合の確率です。
①北朝鮮が警告を無視し核実験を強行する。
②核関連施設を攻撃しても北朝鮮は反撃しない。
③中国、ロシアが黙認し、韓国、日本が了解する。
問題は②でこれが決め手になるでしょう。
そして、やり方には二つの手順があり、一つは韓国、日本に事前に防衛体制を取らせてからやる場合と、全く奇襲的にやる場合があります。 前者の場合は、北朝鮮に事前に察知されてしまう可能性があり、後者の場合は反撃を受けると被害が増大するおそれがあります。 で、軍事的には後者が望ましく③を無視することもあるでしょうが、その場合、政治的な事後処理が大変になるので、このあたりが最終的な決断のネックになるでしょう。 軍事的な脅威を政治的に排除できれば問題ないのですが、そう簡単にいかないのが国際政治です。 それに北朝鮮の最大被脅威国は韓国、次が日本、そしてアメリカですので、本来ならば日本はもっと積極的に脅威排除に動かなくてはならないのですが、さて。
花見もいいが、東アジアの動向にも注意しましょう。
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4月1日(土)(新年度)
あちこちで桜の便りが聞かれますが、 やっと堤防の桜も咲き始めました。 ウグイスも雨の中元気に鳴いて桜の開花を喜んでいます。
さて今日は4月1日、29年度の始まりです。 昔は新年度が始まると、新年度の事業開始及び旧年度の実績の分析・評価や報告等で連休までは忙しい毎日が続きましたが、いまでは何の変哲もない毎日です。 要するに新年度の始まりより、ウグイスや桜のほうが気になる生活になってしまっているのです。
で、暇に任せていろいろとろくでもないことを考え、好きな事をやっているのですが、 人はそんな私を見て羨ましい限りと言いますが、どうしてどうしてこれでも苦労の多い毎日です。 そんな中、例の昭和展のためにリサイクルショップや廃品回収業者のヤードを回り、レトロな物を集めているのですが、 おかげで日本人のみならず、ブラジル人、ペルー人等の関係業者に知り合いができました。 当初は胡散臭そうな顔をして法外な値段をふっかけていましたが、最近ではレトロな洗濯機や冷蔵庫、テレビ、ステレオなどをダダで分けてくれるようになりました。 もっともテレビ等の処分にはリサイクル費用がかかるので彼らにとっても得なのでしょうが。 いずれにしても、おかげ様で当初計画していた物品はほとんど入手でき、これでねらいどおりの昭和展ができそうです。 5月の連休には是非、公民館においで下さい。 とは言うものの、ガレージや家の中はガラクタの山で、展示が終わった後はちゃんと処分してくれと家内が目をつり上げています。
では読者の皆さん、特に新入生、新社会人の皆さん、29年度の活躍をお祈りします。



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3月25日(土)(石油発動機)
先週言いましたように発動機が修理されて動くようになりました。 近所の知人から紹介を受けた農機具屋に行ったら、この人に相談せよと近くに住む静岡県石油発動機同好会の会長さんを紹介されました。 名前は黒川さんといい、何度か新聞にも取り上げられその道では全国に名を知られた方でした。 電話で事情を説明したら快く引き受けてくれたので、早速発動機を持って自宅を訪れました。 まあ、行って見て驚いたのなんのって、倉庫二棟に発動機がぎっしり詰まっているではありませんか。 聞くところによると二百台くらいはあるらしいのですが、 まだ上があり六百台くらい持っている人もあるよと言っていました。 関心のない人ならば、そんなに沢山持ってどうするんだと思うでしょうが、 それが収集家であり、趣味であり、道楽なのです。 要するに保有して自分で修理したり運転することがこの上ない楽しみなのです。 中には日本に一台しかないという焼き玉の発動機もあるらしく、いろいろと説明してくれました。
ではよろしくお願いしますと置いてきたのですが、2週間くらいしたら直ったので取りに来いと連絡があったので、 行ってみるとこのとおり直ったよと試運転までしてくれました。 結構修理した箇所があるらしいのですが、家にある部品を適当に使っておいたのでマグネットの修理代だけしか受け取りませんでした。 そのマグネットですが、聞くところによると千葉県に専門的に修理する人がいるらしくたびたびお世話になっているとのことでした。 要するに全国津々浦々の愛好者でネットワークが形成され、運転会の実施や部品の融通、関連情報の交換等が活発に実施されているようでした。 で、5月に森町で運転会があるのでよかったら参加しないかと誘いを受けたのですが、とても発動機を持参するような柄ではないので、 お世話になりましたので見学だけくらいならと丁重にお断りをしておきました。 暇だったら見学に行ってみようかなと考えています
発動機を受領し急いで家に戻り動かしてみましたが、気持ちよく動いてくれました。 下のボタンを押して軽快な音を聞いてやって下さい。 これに味を占めて1、台が2台、2台が3台とエスカレートしないといいですが・・・・・・。



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3月18日(土)(一斗桝)
ウグイスが鳴き、桜のつぼみも膨らんできました。 朝晩は肌寒い日もありますが、彼岸を迎え冬ともお別れです。 で、陽気のせいか最近はトランプさんも静かになってきましたが、 日本ではなんとか学園の園長だか理事長だかが世間を騒がしています。 騒ぐのはいいですが、予算委員会ではもっとほかに審議し、議論すべき事項があるのではと思うのですが・・・・・・。
話は変わりますが、昭和展にいいものがないかと家捜しをしていたら、押し入れの奥から一斗桝(いっとます)がでてきました。 桝といっても何だそれはと思う方が多いと思いますが、要するに液体や穀物などの分量をはかる容器で、 一斗(18L)の量を量るのを一斗桝と言います。 よって、昔の度量衡に従えば一合、五合、一升(1.8L)といった方形の桝もあり、コマーシャルやドラマで酒屋が使っているのを見たことがあると思います。
18Lといえば石油缶と同じ大きさであり、何に使ったのかというと米の量を量るのに使用されていました。 昔は米俵(こめたわら)に米を保管していましたので、主に米俵に玄米を入れる際に用いられたのです。 秋の収穫期、なくてはならない桝でした。
そして、一俵(いっぴょう)は4斗ですので、一斗桝で4回入れると一俵になりました。 一俵といっても、最近は米を量ではなく重さで売っていますのでピンときませんが、 一俵は約60kgですので、スーパーで売っている5kgの米袋の12倍だと思えば理解できるのではないでしょうか。
ということで、一斗桝も昭和の遺物になってしまいましたが、遺物といえば以前にこのブログで紹介した石油発動機が修理を終え、可動するようになりました。 近くに住む県の石油発動機協会の会長にお願いして修理していただいたのですが、さすがその道のプロで完璧な状態になって戻ってきました。 その内、軽快な運転音でもお聞かせします。
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3月11日(土)(避難)
東日本大震災から6年が経ちました。 当日の状況は今なお鮮明に覚えています。 3時少し前でしたが、テレビで国会中継を見ていましたら地震速報のテロップが出ました。 しばらくして、国会の予算委員会室のシャンデリアが大きく揺れていました。 その時、チャイムが鳴ったので外に出て行くと郵便屋さんが来て郵送品があるのでハンコをくれと言うので、 ハンコを押していると郵便屋さんが「何か目がまわりますね」と言うではありませんか。 変に揺れるので地震の波が到達したなと思って、近くの防火用水を見ると波打って水が外に溢れていました。 これは大地震だなと急いで部屋に戻り、以後はテレビに釘付けになりました。 未だに2,500人以上が行方不明になっています。
で、このような災害が起こるたびに言われるのが迅速な避難の必要性です。 そして事実、被害の程度は避難の適否によって大きく変わります。 例えば釜石市の鵜住居小学校・釜石東中学校では避難が適切であったために1名の死者も出ませんでしたが、 一方で大川小学校や三波三陸町の防災庁舎の悲劇等、津波の襲来を予測できなくて逃げ遅れた人や避難場所の設定が不適切であったために多くの人々が命を落としました。 過去にもこのような例はあります。 昭和34年に伊勢湾台風では、近隣の市町村では大きな被害が出たのに伊勢湾に面していたにもかかわらず、三重県楠町(当時)では明るい内に全員が避難したために1名の死者もでませんでした。 このように避難に差がでるのは、過去の災害経験や訓練、行政の対応の温度差、災害の種類等による住民や個人の切迫度の認識の差によるものですが、 大切なのは「最悪に備えよ」です。 要するに避難が必要な場合には早期に、しかも徹底して避難することが肝要です。 そのために必要な事は、行政や自治会、防災会のリーダーは「避難しないこと」が異端であるようにしなければならないと、ある防災専門家が言っています。 「正確、迅速、詳細」な情報が避難を促すのではなく、皆が避難するので俺も避難しなければと思わせる事が重要なのだそうです。
しかるに現在の地域の状況を鑑みるに、避難勧告が発令されて小学校に避難所が開設されても誰も避難しません。 行政も本気で住民総てが避難するとは思っていないし、住民も少しは悩むものの誰も避難しないから大丈夫と考えるからです。 これでは、いつか悲劇が訪れます。
空振りに終わってもいいですから、行政も住民も避難が必要な時は早めに、しかも徹底して避難させ、又しましょう。
ウグイスの初音は残しておきますので、引き続き聞いてやって下さい。


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2月25日(土)(カラーテレビ)
まだ金正男暗殺の余波が続いていますが、さてさてどのように決着するのでしょうかね。 そのような喧騒を知ってか知らずか、塩新田にも春一番が吹き、春が一歩一歩近づいています。 そう言えば、今日の朝方カイを連れて堤防を散歩していると、ホーキョとウグイスが鳴いていました。 来週はちゃんとしたウグイスの初音をお届けできるかもしれません。
で、話は変わりますが塩新田の昔の写真を手に入れたので、懐かしの昭和展でもやろうかと昭和時代のいろんな物を収集しているのですが、 先日、昭和40年頃のカラーテレビを入手しました。 知り合いのペルー人のヤードから貰ってきたのですが、チャンネルがダイヤル式で真空管のカラーテレビですので、 多分、ヤフオクならば数万円の値がつく代物ではないでしょうか。 もっとも、別に発動機を買わされたのですが、そのおまけにと貰ってきた代物です。
カラーの本格放送が始まったのが昭和35年、その後昭和39年に東京オリンピックがあり、それを契機としてカラーテレビが普及し始めました。 当時、3種の神器として、3Cと言われたカラーテレビ、クーラー、カーが庶民のあこがれになっていましたが、 その頃のカラーテレビの値段は約20万円ですので、給料が2万~4万程度のサラリーマンにはそれこそ高嶺の花でした。
確か、私が最初に本物のカラーテレビの映像を見たのは、磐田市の体育館でみた東京オリンピックの開会式だったような気がします。 色がボヤけていて専門の技術者がつきっきりで調整していたのですが、最後まで鮮明な色合いが出てこなかったような記憶があります。 それが今は4Kの画像ですから、時代の進歩のすさまじさには今更ながらに驚かされます。
それ故に温故知新で昭和展でもと考えたのですが、そんなら白黒の真空管テレビはあるのかって、もちろん既に入手済みですよ。 今狙っているのはニコンのF2と壁掛け式の電話機ですが、ヤフオクでも高くてとても手がでません。 そのほか、長嶋や王の直筆のサインボールや高倉健やローマの休日のB2ポスター等も検討していますので、出物があったら教えて下さい。 よろしくお願いします。
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2月18日(土)(金正男暗殺)
少し暖かくなってきましたが、今週はえっと思うような出来事が世間を賑わしました。 金正男の暗殺です。 北朝鮮による犯行に間違いないと思われますが、これが世界の常識です。 世界にはこのような暗殺やテロを任務とする国家組織が存在しています。 有名なのが、アメリカのCIA、ロシアのFSB(ソ連時代のKGB)、イギリスのMI6、ドイツのBDN、イスラエルのモサド、それに中国の国家保安院(MSS)等です。 まあ、表向きには情報収集や対諜報を任務にしていますが、裏では暗殺や攪乱も任務にしています。 なぜ暗殺が行われるのかというと、国家の安全や体制を維持し、国益を守るのにこんな安上がりの方法はないからです。 例えば、ヒトラーを暗殺しておけば第二次世界大戦が起こらずに済んだかもしれません。 これが暗殺を正当化する理由です。
で今回の金正男の暗殺ですが、北朝鮮の工作機関「偵察総局」が関与しているのではと言われています。 この前身は朝鮮労働党対外情報調査部(通称35号室)であり、大韓航空機爆破事件の金賢姫が所属していたことで有名です。
それにしても今回の暗殺は稚拙で、近頃はあんなにバレバレの手段では暗殺はしません。 殺す相手の病歴や習慣等を分析して、それらを踏まえて病死か事故死に見せるのが普通です。 最近では心臓麻痺やガンを発生する薬品による暗殺が主流だと言われています。 そのほかにも、リシン(サリンの数千倍の毒性)やポロニウム210(致死量が1億分の1グラム)といった毒薬が使用されることもあります。 2006年に元ソ連のKGB職員のアレクサンドル・リトビネンコがポロニウムにより暗殺されたことは有名です。
と、なんだか恐ろしい話ばかりですが、現職の政治家や有名人が急死した場合は暗殺の可能性も否定できないのが今の世界です。 そう言えば、日本でも近年多くの首相が亡くなっていますが、何か関係あるのでしょうかね。 くわばら、くわばら、出る杭は打たれる。静かにしていよう。
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2月11日(土)(建国記念の日)
今日は建国記念日です。 実際は建国記念日ではなく、建国記念の日というのだそうです。 それは制定にあたり、建国記念日では当時の野党が反対したために、妥協案として「の」と入れたのだそうです。 つまり、妥協の産物であり実質的に何が違うのだと言いたいですが、それが政治なのでしょう。
で、建国記念の日といっても実際に日本がいつ建国されたかは定かでなく、単に日本書紀に記述のある神武天皇が即位した紀元前660年1月1日を新暦にすると2月11日になるから今日を建国記念の日に定めたらしいです。 周知のとおり、戦前は紀元節と言われてましたが、戦後GHQの指示で廃止されたのを昭和41年に新たに建国記念の日として祝日に制定されました。
各国の記念の日も様々で、アメリカでは独立記念日の7月4日、ドイツでは東西統一の10月3日、フランスではフランス革命の7月14日、中国は中華人民共和国成立の10月1日を建国記念日(National Day)に定めています。 そのほか独立記念日を多くの国が建国記念日に定めていますが、これらには歴史的な確証があります。 しかしながら、上述のとおり日本の場合は定かではありません。 でも見方を変えれば、日本は政治形態は変遷しても日本という国は長年続いているということで、それも単一の王朝(皇室)が連綿と続いているということで、 むしろ、建国記念の日そのものを祝うのではなく、これらの事実を祝う日と考えればいいでしょう。
昔、アメリカにいた時、アメリカは7月4日に、イギリスは女王の誕生日に、それぞれ盛大な祝賀パーティが行われていました。 その際、日本はNational Dayを祝わないのかと言われ、 ではということで建国記念の日を考えたのですが、他国には浸透していないので、結局、天皇誕生日に盛大なパーティをやることになりました。 各国の関係者が大勢集まり結構長く続いたのですが、昭和天皇が崩御されてからは取りやめになってしまいました。 日本でこのような事を行えば問題になるでしょうが、国際的にはむしろ建国の日や元首の誕生日を祝わない方が不自然なのです。 とは言うものの、見方を変えれば派手にそのような事をしなくても、日本、そして日本人としての自覚があり、皇室も敬われているのだから、むしろそれを誇るべきなのでしょう。
建国記念日に際しそんな事を考えましたが、外は寒く春の訪れはまだまだです。 この寒い中、これから民生委員の研修会に行ってきます。 昨日も定例会議と、こう毎日では民生委員のなり手もなくなるはずです。
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2月4日(土)(マティス国防長官)
今日は暖かく、昨日までの寒さが嘘のようです。 春もそこまで来ていますが、アメリカの春はまだ先のようです。 というのは、トランプが次々と大統領令を公布し、物議をかもしているからです。 実行力がある、あるいは公約を守るというポジティブな見方もありますが、拙速、一人よがり、調整不足等のネガティブな意見も多くあり、行き先はまだ不透明です。 そのような感情的なトランプとは反対に見るからに知的でかつ肝が据わっている印象を与えるのが、昨日日本に来たマティス国防長官です。 狂犬だとか、戦うのが好きな人物だとか言われているので、こんな人が国防長官で大丈夫だろうかと思う反面、最近の日本には見かけないタイプの人であり、生き方に筋が通っており、多くの日本人が好感を抱いたのではないでしょうか。
で彼の経歴ですが、ワシントン大学出身で、そこのROTC(予備役将校課程)を修了して海兵隊の少尉に任官しています。 大学での専攻は歴史学で修士の資格を得ており、その後も多くの歴史関係の書物を読破して米軍一の歴史通と言われるまでになったそうです。 その様な知的な側面加え、結婚もせずにひたすら軍務に精進したせいもあってか大将にまでなり、中央軍(CENTCOM)司令官を最後に2013年に退役しました。 要するに海軍兵学校出でなくても生粋の軍人だったのでしょう。
話は変わりますが、米国では海兵隊員というのは、他の陸海軍人よりは尊敬されています。 家族に海兵隊員がいるということはそれが誇りであり、米国に住んでいた時には、よく息子は海兵隊員だと自慢されたもんです。 まあ、それだけ規律や訓練が厳しく、過酷な任務を遂行するのが海兵隊なのです。 さらに、一度海兵隊に入隊したなら、除隊しようとも一生海兵隊員としての誇りを失うことなく、アメリカ国民の模範たれ(Once a Marine, Always a Marine.)が海兵隊のモットーであり、 その見本がマティス国防長官ですから、それはもう総てがどこかの防衛大臣と違うのは一目瞭然です。 で、私などは人物的には好きですが、問題は国防長官として外交より軍事行動に重きを起きすぎるようになることと、政策面でトランプとの確執が生じることです。 それが無かれと期待するのですが、現実には無理でしょう。
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1月28日(土)(北海道の思い出)
先週から今週にかけての寒さは特別でした。 北海道ではー30度以下の日が続いておりました。 で、寒いというと以前にもブログに書いたのですが、 その昔、北海道に住んでいた時の事を思い出します。 その時にはー20度以下を経験しました。 一般的にはー20度というのがどんな寒さか想像出来ないでしょうが、ー5度以下は同じだったような気がします。 その時に始めて軽油が氷ることがあるというのを知りました。 軽油には号数がついていて、数字の少ない1号や2号の軽油は暖地用で、数字の多い3号とか4号の軽油が寒冷地用です。本土から持っていた車をそのままにしておくとやられてしまいます。 それに、車の燃料タンクの水抜きをやっていないとその水が氷ってしまいます。
また、ある時休日に出勤していたら、当直が呼び来て、アパートの階下の住人が天上から水が落ちてくるが水道管が破裂しているのではというので、すぐに帰ってみると居間や台所が海になっていました。 私の上の4階の住人が退去したときに水道の水抜きをしていなかったので、水道管が破裂して段々下の階に水が流れてきたのです。 天上にもたまっていたので、復旧するのに数日かかりました。 とにかく、北海道では寒冷地特有の現象に苦労しました。
でも楽しい事もありました、北海道には多くの温泉があり、千歳の付近にも千歳温泉、恵庭温泉、長沼温泉等々、いい温泉がたくさんありました。 もちろん、天然温泉ですので効果は抜群で、スキー行った時などは帰りに必ず寄っていました。 雪の降る露天風呂が最高で、温泉の暑さと空気の冷たさ、そして眼下に広がる雪景色は北海道ならではの贅沢でした。 ある時、スキーの帰りに長沼の近くでひなびた温泉の看板を見つけたので早速入ると、なんとこれが混浴でした。 ラッキーと思い湯船に浸かっていると、しばらくして女の人の声がし、すみませんねと言いながら湯船に入ってきました。 湯煙でよく見えなかったが幸いでしたが、なんと近くで農作業を終えたらしいお婆さんが入ってきたのです。 そしてまもなく、その連れ添いと思われるお爺さんが入ってきて、二人で背中を流しはじめたのです。 あらぬ期待を描いた自分を反省し、思わずその微笑ましい姿に見とれてしまいました。 もう、30年近く昔の思い出ですが、北海道というとなぜか思い出す光景です。
北に帰る準備なのか、近くの川に写真のように多くの鳥が集まっていました。 春を待つ人、春を待たず北に帰る鳥、世の中は様々です。
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1月21日(土)(民生委員その2)
民生委員になってから2か月、早くも行政の壁につきあたり、毎日怒っています。 どうも年をとってきたので、余計に怒りっぽくなっているみたいですが。 で、元々、なりたくもない民生委員になって、その職務である生活状態把握のために各家庭を訪問して家族の状況とか困った事がないか聞いて回るのですが、 この時代、多くの世帯が種々の問題を抱えています。 しかしながら、いなかの村ですのでなかなか困っているとは口にしません。 それで、市役所とか社会福祉協議会の窓口にこれはと思う世帯の状況や個人情報を教えてくれと行くのですが、 本人の了解がなければ教えられませんの一点張りです。 本人から聞ければ、誰も寒い中、こんな所にわざわざ聞きに来るか、それに個人の了解が必要ならば介護等を認定する際に了解を取っておけと言っても、相手もできませんの一点張りで最後は文句タラタラで帰るしかありません。
この時代、データベースが整備されているのですから、それを活用しない手はありませんが、個人情報保護法を盾に何も教えてくれません。困ったものです。 それで地域の福祉ネットワークを造り、関係者が緊密な連携を保てと言っているのですから笑ってしまいます。 もっとも、そのあたりのガイドラインを定め、民生委員の担任区域の世帯情報等を提供している市もあるそうですが、ここの市は遅れています。
民生委員法には、民生委員は人格識見高く、広く社会の実情に通じ、かつ社会福祉の増進に熱意のある者が選ばれるように定めてあり、 さらに、特別職の地方公務員として守秘義務も明記されており、要するに個人情報を知り得る資格は十分であり、民生委員の職務遂行に必要な個人情報は提供されてしかるべきです。 国もそれらを踏まえ、個人情報の第三者提供の制限の例外(個人情報保護法第23条1項4号)として可能ととらえています。
要するにここでは民生委員は市から信用されていないのでしょう。 にもかかわらず、その手先となってただ働きをせよとは間尺が合っていませんよと言いたいですが、所詮蟷螂の斧ですかね。 これではタイムリーな福祉サービスの提供は無理でしょうし、民生委員のなり手はさらに減少するでしょう。
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1月14日(土)(冬来たりなば春遠からじ)
今季最強の寒波が到来し、今日はど寒い(遠州の方言で超の場合にどをつける)日になりました。 明け方、カイを散歩につれていった時より寒くなっています。 先ほどは、雪がまっていました。 明日はもっと寒くなるとも言っています。
しかしながら、大橋さんの畑ではもう梅の花が咲いています。 「庭上の一寒梅、 笑って風雪を侵して開く、争はずまた力(つと)めず、自ずから百花の魁を占む」とは、新島襄の「寒梅」ですが、まさしく風雪を侵して開くの姿には驚かされます。 ということで、今年もそのうち春が来るでしょう。
で、今の心境はまさに「冬来たりなば春遠からじ」ですが、これは元々日本の諺でなく、イギリスイギリスの詩人シェリーの「西風に寄せる歌」の一節 「If winter comes, can spring be far behind?」に基づくのだそうです。 それで単に季節の推移を言うのではなく、人生において、今は不幸な状況であってもじっと努力し耐え忍んでいれば、いずれ幸せが巡ってくるという例えに用いられています。
と、いうことで、皆さん寒さに負けずにがんばりましょう。 パソコンのある部屋には暖房がないので、もう止めます。
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1月7日(土)(門松)
早いもので年が明けてもう1週間が過ぎました。 今年は波乱の年ではないかと言いましたが、塩新田では今年になって葬儀が2件ありました。 いずれも子供の頃からよく知っており、何かとお世話になった方々でした。 二人とも、それこそ働く人の見本みたいな人で、健康を害するまではいつも畑にその姿を見ることができました。 二人に限らず、ここ数年で戦中、戦後の苦しい時代を乗り越えてきた一世代前の方々が大勢他界されましたが、とにかく記憶にあるのは働く姿でした。 時代の流れでしょうか、それに比べると私などは多分犬を散歩させている姿しか近所の子供達の記憶に残らないでしょう。 正月から、つくづく人の一生とは何かを考えさせられてしまいました。 お二人のご冥福をお祈りいたします。
話は変わりますが、塩新田の家々では正月には今でも門松を飾ります。 昔は浜から松を切ってきて、家にある竹と梅を加えた簡素な門松が定番でしたが、最近はいろいろと凝った門松が飾られています。 正月に村中を散歩して家々の門松を愛でるのも正月の楽しみですので、今後も続けてほしいものです。
で、家々を見て回って今ひとつ物足りない感がありましたが、ある家に行ってその足りないものが分かりました。 国旗です。門松には国旗がよく似合い、正月らしさが倍増します。 ということで、来年の元旦には皆さん国旗を飾りましょう。 もちろん自分も飾りますよ。
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1月1日(日)(元旦)
あけましておめでとうございます。 今年も写真のような素晴らしい初日の出を見ることができました。 正月といっても毎日が正月のような生活ですので、特にこれといってありませんが、 正月がくれば今年こそは良い年であるようにと、新たな気持ちになれることはうれしい事です。 今年は酉年で商売繁盛の年だと言われていますが、そうだといいですね。
しかしながらそう簡単には事は運ばず、、昨年からのいろんな出来事が尾を引いて今年は波乱の年になるのではないでしょうか。 まず、トランプ大統領の就任、そして英国のEU離脱、これらの影響によっては波乱の、そしてこれまでとは異なった方向に世界が進み始める可能性があります。 それが良い方向ならば、世界の景気は良くなるでしょうし、悪い方向ならば混乱がもたらされるでしょう。
問題は日本に対する負の要因、たとえば米国のTPPへの不参加や韓国、北朝鮮問題等の影響をいかに円滑に処理できるかが大きな課題になるでしょう。 内政的には、国政よりも都政に感心が集まっており、夏の都議会選挙が大きな節目になりそうです。 でも、オリンピックや築地市場は都民だけでなく、日本にとっても大きな課題ですので、なんとかうまく収めてほしいものです。 特にオリンピックは国の信頼が関わっている課題ですので、東京都や組織委員会に任せておくだけでなく、もっと国も積極的に取組む必要があるのではないでしょうか。
これらが課題が円滑に処理され、大きな災害もなければ、国の、そして地域の景気はもっとよくなるでしょうし、今年一年が素晴らしい年になるでしょう。 ということで、2017年が天下泰平、平穏無事な一年になることを祈念して年頭のブログといたします。 今年も塩新田HPをよろしくお願いします。
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